タイトル:「ちょっと待った!夫婦別姓」

よくある質問への回答

1. 日本の伝統は別姓?

(2004.08.30)

同姓が日本の伝統だという人がいますが、歴史を見ると源頼朝の妻は北条政子だし、 足利義政の妻は日野富子で、どちらも夫と氏が異なる別姓です。

それはつまり日本は伝統的に夫婦別姓だったということではないのですか?

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結論からいうと「違います」。

この質問にお答えするには、まず日本の「氏、姓、苗字」の歴史から説明しなければなりません。

日本の「氏」はすでに飛鳥時代ごろから見られます。歴史の授業で習った蘇我氏、物部氏、中臣氏、大伴氏 などの「氏族」の名前ですね。

このころの「氏」は「共通の祖先を持つ人々の集団」のことで、またその集団の名前でした。

おそらくは渡来人が中国や朝鮮半島から日本に持ち込んだものだろうと考えられます。 中国や朝鮮半島の習慣とほぼ同じですね。

「共通の祖先」ですから、当然夫婦の間では異なっていることのほうが多いです。 そういう意味では「夫婦別氏」だといえなくはないですが、厳密にいうと「夫婦の氏が異なる」という ルールなのではなく、「男系(父、父の父、父の父の父、と父方の祖先のみを遡る系譜)祖先をあらわす 名を氏とする」というだけで、夫婦間の氏の相違は単なる副次的要素にしかすぎません。

これらの氏には律令制以前から存在する氏と、それ以後に発生した氏とがあり、前者はたとえば 橘氏や秦氏、伴氏などがあり、後者は源氏、平氏、藤原氏、豊臣氏などがあります。

源氏と平氏はそれぞれ臣籍降下した元皇族に天皇から下賜された氏です。 藤原氏は大化の改新に功績のあった中臣鎌足に対して死の直前に天智天皇から下賜された氏、 豊臣氏は公家や武家の祖先を持たない羽柴秀吉が、朝廷に工作して天皇から下賜された氏です。

それからずっと時代が下って、やがて武士の時代がやってきます。

公地公民・班田収受といった律令の基礎制度が崩壊し、荘園支配による藤原氏の隆盛ののち、 やがて横暴な領主を武力で駆逐して自治を行う人々が現れます。

これらの人々は元中央の政界にいて受領(ずりょう:地方に実際に赴任する国司)として 任地に赴いたのち、京に帰還することなく居着いて豪族化した人たちやその子孫たちが主流でした。

彼らの支配地は「名(みょう)」と呼ばれ、その名の地名を「名字(=苗字)」と言います。

これは親子兄弟親族の集団が武装してその土地を自衛する組織であり、その組織を指す名前 として名字が使われるようになります。これが現在の氏に近い性質を持っています。

ただしこちらは組織名ですから、組織が分離したり独立したりした場合にはまた新たな 名前が生まれてきます。ですから現在の氏よりも流動的であったともいえます。

現在、人口1億2千万余の日本の氏は10万種類以上あるといわれますが、人口13億近い中国の氏は 400種類程度しかないといいます。

それは日本の名字が組織名であったころ、新しい組織とともに次々と名字が増えていった ことが原因なのです。

源氏の嫡流である源頼朝を補佐し支援した関東の豪族たちの代表的なところは北条氏ですが、 この北条氏は元は桓武平氏の流れであり、その「氏」は「平」で、「名字」が「北条」です。

当時の法制(律令)では氏は公認のものですが、名字は単なる「私称」にすぎませんでした。

源頼朝のほうは名字を持たない源氏の嫡流です。北条政子は桓武平氏流の「北条家」の娘です。

この場合、女性には基本的には氏はなく、「源頼朝妻政子」とか「平時政(むすめ)政子」 などと現されることが多かったようです。

ですから「夫婦同姓/別姓」という観点そのものがまだなく、妻の氏、という概念もなく、 「家系を現す氏」と「領地自衛組織を現す名字」があっただけ、ということになります。

政子が「北条政子」と名乗った背景には、頼朝の死後、事実上幕府の最高権力者となった 政子が、男性と同等の政治的立場を得たことが大きく、また弟の執権義時らとの協調のために あえて実家の名字を使ったという部分もあります。

少なくとも、政子は源氏の男系子孫ではありませんでしたから、頼朝の妻であったからといっても 決して「源政子」を名乗ることはあり得ませんでした。

それはすでに見たように夫婦間の氏の問題として、ではなく、氏が祖先名であるという点において そうであったということです。

ですからこのことをもって「当時は夫婦別姓が普通であった」とすることは間違いです。

足利義政についても同様で、「足利」は名字ですが、足利氏は朝廷から源氏の氏の長者 (源氏の総代表)とされた家なので「足利=源」ということになるのです。

また、豊臣氏の出現まで摂政・関白職を独占してきた藤原氏の「五摂家」はそれぞれ 一条、三条、九条、近衛、鷹司ですが、これらはみな藤原氏の子孫で、枝分かれした系統を 区別するために主な住居地を名乗ったもので、武士の名字と同じような意味があります。

その後、戦国期から江戸期にかけては、通常既婚の女性は婚家(嫁ぎ先)の氏を冠して 呼ばれることが多くなります。

たとえば前田利家の妻は前田まつ、羽柴秀吉の妻は羽柴おね、大石内蔵助の妻は大石りく、明智光秀の娘で細川忠興の妻は細川ガラシャ、 その他枚挙に暇がないほど実例はあります。

ただしこれらは彼女たちの氏が何であったか、ということではありません。

通常、この当時はまだ女性が氏を持つという概念はなかったのですが、便宜上たとえば 夫の家臣に宛てた手紙などでは名だけではだれかわからないという面があったので、 「○○家内儀△△」というような意味合いで使われただけなのです。

もちろん、法制度的にいえばそもそも女性の氏そのものが制度になかったので、 夫婦同姓でも夫婦別姓でもなかったわけです。ただ習慣としてどう呼ばれることが多かったか、 という問題はありますが。

そして明治維新後に改めて近代法制が整備され、民法や戸籍法により国民はみなその 氏名を戸籍に登録することになりました。

このとき、「氏」(=祖系名)と「名字」(=親族組織名)とが一つに統合され、 法律上「氏」と呼ばれる一つのファミリーネームになりました。

祖系名と親族名を統合したことにより、それぞれの性質も融合させる必要がありました。

そのため、氏には以下の二つの性質が具わるようになりました。

  1. 夫婦とその未婚の子の集団(=核家族)を単位として一つという性質
  2. 核家族単位から次世代の核家族単位への継承性

この二つの性質を満たすよう制度化しようとすれば、当然婚姻のときに夫婦の氏を統一する 必要が生まれます。

ですからこのときにはじめてはっきり法制度上に「婚氏統一」という項目ができたわけです。

しかしそれはあくまで上記のような「一家一氏原則」を構成するための個別の運用規則として 生まれたものであって、夫婦を同じ氏にすることそのものが目的とされたわけではありません (結果的にそうなっている、ということ)。

その後、戦後の民法改正で婚氏統一の際の氏の選択が、従来は夫の氏となっていたものが、 男女平等の観点から夫または妻の氏、というふうに変わりました。

このような歴史的な流れを踏まえたうえで、では日本の伝統は夫婦同姓なのか夫婦別姓なのか、 という質問に答えるとするとどうなるでしょうか?

ここまで読まれた方にはもうおわかりかと思いますが、つまり「どちらでもない」のです。

強いて言うなら「夫婦同姓については100年の伝統がある」といえないことはない、 という程度ですが、これも「夫婦は同姓であるべき」として定められたというよりも、 慣習として存在していた名字の性質、すなわち一家一氏原則を法制度化してから100年、という ことです。

それ以前には祖系名としての「氏」は結果として夫婦で異なることになるもの、組織名と しての「名字」は結果として夫婦で同じになるもの、という性質はあったものの、 事実上女性が氏を名乗ること自体が稀であったため、制度として夫婦同姓や夫婦別姓が確立 していたとはいえないわけです。

したがって「伝統」論争は無意味であり、選択別姓賛成・反対のいずれに対しても 根拠を与えるものにはならない、ということがいえます。

ただ、100年の間に婚氏統一というものが日本国民、日本文化にすでに定着し一般化した、 ということ、また歴史上氏が「個人の名称」と認識された時代は存在していなかった、という ことははっきり言えます。

2. 江戸時代の農民には名字がなかった?

(2004.08.30)

伝統と言いますが、そもそも江戸時代の農民には名字がなかったはずではありませんか?

明治時代になってはじめてすべての国民が名字を名乗るようになったのではないですか?

[ 例1 例2 例3 ]

半分正解で半分不正解です。

確かに江戸時代になってから名字・帯刀は武士だけの特権となりました。

しかしここが誤解されている点ですが、名字そのものを取り上げられたというわけではありません。

公的に「名乗る」ことを禁止されたということです。

江戸時代の農民の私的な文書、たとえば日記や手紙などを見ると、先祖伝来の名字が書かれている ことは少なくありません。

もちろん公文書では「山中村在亀吉」のような記述をされています。

信じられないという方は次のことを思い出してみてください。

  1. 江戸時代、武士は全人口の一割しかいませんでした。ところが現在日本人の名字で 最も多いのは鈴木または佐藤といわれています。 これらの名字が、それまで名字を持たなかった農民が明治になって考えてつけた名前だと 考えるのは難しいでしょう。
  2. 「山の近くの田んぼだから山田」「田んぼの中に家があるから田中」というふうに つけられた、と思っている人が多いと思いますが、ところが山田長政とか田中吉政という 武将が戦国時代に存在しています。つまりこれらも武士の名字であり、地名に由来するもの なのです。
  3. 実家が農家であった新選組の副長土方歳三には「土方」という名字がちゃんとあります。

農民の家でも「わが家の名字は○○」ということを代々伝えていたと考えられ、 明治維新のときにその名字を再び名乗るようになったケースが最も多いと思われます。

3. サザエさん一家は家族ではない?

(2004.08.30)

氏は家族の名称だと言いますが、たとえば漫画の「サザエさん」の一家では一つの家族に 「磯野」と「フグ田」の二つの氏があります。

これでは氏が家族の名称だとはいえないのではないですか?

[ 例1 例2 ]

ではサザエさん一家の戸籍を見てみましょう。

磯野家
筆頭者 磯野 波平
フネ
(婚姻により除籍) 長女 サザエ
長男 カツオ
次女 ワカメ
フグ田家
筆頭者 フグ田 マスオ
サザエ
長男 タラオ

それぞれに「夫婦とその未婚の子」の集団ごとに氏を持っているということが わかると思います。

全員を含めて一つの「家族」だ、と考えるのは自然言語的な意味での「家族」の 話ですが、このような家族のことを「二世帯同居」と言うのもまた自然言語的に普通です。

ですから日本の戸籍制度は「夫婦とその未婚の子」すなわち「核家族」を一単位とし、 その単位の名称として氏を持つ、という考えのうえに成り立っているわけです。

しかし核家族内部の夫婦や親子、兄弟姉妹の間で氏が異なることは基本的にありません。 選択的別姓制度でいうところ夫婦別姓は、その点において現在の原則を変更することに なるわけで、決して「今でも家族の中に二つ以上の氏がある場合もある」というわけでは ないのです。

4. 学者は改姓できない?

(2004.09.08)

学者は本名でしか論文を発表することができず、他の論文から参照するときには氏名で参照するので、 改姓すると以前の論文と同一人物とわからなくなり、実績が失われてしまいます。

[ 例1 例2 例3 例4 例5 ]

「改姓の不都合」の具体例としてよく挙げられる例ですね。

しかし本当にそうなのでしょうか?いろいろ疑問な点があります。

  1. 学者が論文で使用する氏名は戸籍上の氏名と完全に同一でなければならない、 という規則やルールがあるのでしょうか?あるとしたらどこにあるのでしょうか?
  2. 他者の論文を引用するときは通常巻末に題名、氏名、年次などを記しますが、 氏名だけしか記さないような引用が慣習として許されるのでしょうか?
  3. 一定の実績のある学者が結婚して氏が変わったということを、 関係する研究者がだれ一人としてまったく知らないということがあり得るのでしょうか?
  4. 実際に結婚で氏が変わった学者が、結婚前に自分が書いた論文について 「氏名が異なるからあなたの論文ではない」と言われることがあるのでしょうか?

まず第一の疑問についてですが、このような規則やルールが存在するとすれば、 それはその研究機関などの内部的規則のはずです。

内部的規則が不都合なのであれば、その不都合な内部的規則に合わせて民法や戸籍法などの 国の法律のほうを改正しよう、という発想をするのは不自然で、普通はそういった内部的規則の ほうを改めよう、と考えるものではないでしょうか?

現状では結婚時の改姓によって(厳密に言うと離婚や養子縁組なども含みますが) 氏が変わり得ることはだれもが予測可能なことであって、 社会全体がそれを前提にして個別的な規則やルールを定めているわけで、 銀行にしろ免許証にしろパスポートにしろ、結婚時に届出をすれば氏の変更はできるわけです。

そのような前提を無視して「氏が変わったら別人」という規則があるとすれば、 それはその規則がおかしいのであり、間違っているのですから、まずそれを改めるのが筋です。

また、すでに一部から指摘されていることですが、学術論文で旧姓を併記したり、 旧姓のみを書いたり、ということは現状でも認められている、という声もあります。

二番目の疑問についてもやはり「生涯不変の氏だけが個人をあらわす」という誤った原則に基づいて 定められたルールがあるのなら、そのルールが間違っているということにすぎません。

戸籍にしろ住民票にしろ、個人を特定する情報が「氏名だけ」であることはほとんどありません。

もしそうなら同姓同名の人との区別がつかないという致命的な問題が残るからです。

もし仮に同一性の判断がどうしても難しいということであっても、便宜的に数字のIDなどを使うとか、 いくらでも方法はあります(事実、銀行口座などは名義人の氏名が変更されても口座番号が一致していれば 同一口座と判別できます)。少なくとも「絶対に民法を改正しないとどうにもならない」 ということはないでしょう。

これだけありとあらゆるところにコンピュータシステムが導入されていて、 情報の共有や検索が容易になっているのに、いまだに手作業で氏名だけの同一性を頼りに、 大切な職業上の実績を証明しなければならない、というのは(もし事実とするなら)あまりにも 馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ません。

個人情報を扱うシステムはほとんど例外なく一意のIDなどによって個人を特定・識別する方法をとっており、 それがシステムの世界では常識です。

仮に学者の世界だけ取り残されていて、そのようなシステムがないのであれば、 システムの導入を提案、推進していけばいいだけのことで、そこからどう間違っても「民法を改正しよう」 という結論を導く余地はありません。

このように見ていくと、この学者の論文問題というのは本当に切実な選択別姓を希望する理由として 考えるには無理がありすぎるように思います。

ただ、もともと推進派を構成する人たちとのシンパシーがあったうえで 「別姓を希望する理由になりそうなことはないか」と問われときは、 「それならこういうのがあるよ」と思うようになる可能性はあると思いますが。

5. 日本の同姓は世界の少数派?

(2004.09.16)

世界中で別姓夫婦を認めていない国は日本を含めてごく少数だそうです。

別姓を認めるのが世界の主流ではないのですか?

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これは「間違い」というわけではありませんが、ものごとの一面だけを切り取って全体を見ていないといえます。

まず社会習慣や文化と法律の関係性の問題という面が抜けており、法律制度上の表面的な差異だけに限定しています。

法律制度というのは、決して全世界的に普遍的なものではありません。 もし普遍的なものであったなら、国ごと民族ごとにいちいち憲法や法律を作る必要はないですよね。

それぞれの国や民族や文化によって、歴史背景や人生観、世界観、哲学、宗教、生活習慣、 環境などはそれぞれ異なり、多種多様です。

多湿な日本の環境では木造の家が過ごしやすいのに対して、乾燥地域では土や石の家のほうが 何かと便利で都合がいい、といったように、文化には必ず(現在忘れ去られていたとしても) 何らかの合理性なり、環境への適応なり、ちゃんとした理由があるものなのです。

アラブの砂漠の生活習慣を日本に持ち込んでも暮らしにくいのと同様、 文化というのはその文化を育んだ背景と共にあってこそ、初めて意味を持つのです。

法律の元になったのはそうした環境への適応から生まれた社会規範であり道徳であり、 生きる知恵であり、それらが近代法治国家となっていく過程で法律制度の中に取り込まれて いったわけです。

氏(姓、苗字)の問題についても同様です。たとえば原則夫婦別姓である中国や韓国は、 男系による祖系(系図の縦の線)を重要視する文化です。

日本とは違い、同じ共通の男系祖先を持つ人たちが、共同生活をしたり共同体を形成 したりしていて、たとえば5〜6代前の祖先が兄弟どうしの人たちが「従兄弟」として 扱われ、親族(厳密に言えば「系族」か)と認識します。

子孫は枝葉に至るまで事細かに系図に記され、長子系の子孫がこれを保管・管理しています。

孔子の子孫の一族など、まだ生まれていない世代の名前まですでに系図上で決定しています。

それほど「縦の」系統を重視する文化であるからこそ、その系統名を現す名前(つまり氏、姓) が作られたわけで、だからこそ夫婦では異なっているのです。

しかし日本人の苗字はこれとはまったく異なる背景と目的から生まれたものであり、 現在の法律上の「氏」は中国流の祖系名である「氏」と、親族共同体名である「苗字」の 両方を統合したものですから、現在のような形になっているのです。

欧米の場合も日本とはいろいろ違いがあります。

歴史的には欧米は日本の「苗字」に近い家族名を持つ文化が多かったようです。

しかし「氏」にあたるような祖系名の概念は薄く、そのため結合姓(夫の姓-妻の姓、たとえばBush-Blairのような) が古くから存在していたり、ミドルネームに母方の姓を残す風習があったり、というような背景がありました。

また、日常生活で呼称として姓を用いることが少なく、名(個人名)のほうを頻繁に 用いる傾向もあります。

そういう背景があったので、あまり厳密に家族名の同一性や継承性を問われることがなく、 別姓という形態が受け入れられたといえます。

このようにそれぞれの文化的歴史的背景を考慮すると、単純に「別姓夫婦が認められるか否か」 で二分して多数派か少数派かを言うことにはあまり意味がないとわかるはずです。

それに一方で「多様性を認めよ」と主張しながら他方で「世界の主流に合わせよ」 というのも矛盾しています。

6. 同姓制度・戸籍制度はイエ制度・家長制度のなごり?

(2004.09.22)

日本の夫婦同姓や戸籍は明治時代の民法などで定められたもので、 当時のイエ制度や家長制度の一部だったのではないですか?

イエ制度や家長制度は戦後廃止されたのですから、 同姓制度や戸籍制度が今も残っているのはおかしいのではないですか?

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これも微妙に問題点がずれていると思われます。

戦後の日本国憲法制定と民法改正などにより、ご指摘どおりそれまでのいわゆる「イエ制度」 にあたる部分はなくなり、家庭内においても新憲法の男女平等の精神が取り入れられ、 夫婦が対等・平等に扱われるようになりました。

その点は事実認識として正しいと思います。

そのときに改められた主な点は

  1. 家長(夫、父)の廃止およびその特殊な権限の廃止
  2. 婚姻時に決定する新家庭の氏を、夫の氏から夫婦どちらかの氏に変更
  3. 法定相続における配偶者の相続分を1/2とし、長男の優位を廃止

といったところです。

これをよく見るとわかるように、この改革によって「家庭」「家族」 という概念がまったく民法から消え去ったというわけではありません。

夫、父、男、長男が妻、母、女、長男以外に対して優位であったところが、 権利的に平等になったという点が主眼なわけです。

ですから「イエの廃止」というのは微妙に正確さを欠く面があります。

確かに相続と家名継承という点が密接に結びついていたのが、 その結びつきを解消され「イエの継承」という面は消えたと考えられます。

しかしながらその他の相続規定や親族規定を見てもわかるように、家族 (必ずしも肉親とは限らず養子などを含む場合もある) という概念が間違いなく法律上存在しており、社会的機能と役割を求めています。

つまり近代的「イエ」は現代的「(核)家族」へと変質した、ということです。

そういう意味で家族単位を表す氏の存在と一家一氏原則(=結果として夫婦同姓)、 またその家族単位と関係性の登録である戸籍制度が残ったということにはそれなりの 合理的な理由があったと考えていいわけです。

また、もしも仮に夫婦同姓・戸籍制度が家長制度の残滓だという指摘が正しかったとしても、 選択的夫婦別姓制度がその払拭・解消に効果的であるとはとうてい考えられません。

一つの法律学上の仮説として「家長制度の名残」と主張することができたとしても、 それが選択的夫婦別姓制度導入の根拠になるわけではありません。

選択制度の推進者の中には、一人っ子どうしの婚姻で両者の家名の存続のため、 という理由を挙げる人もいましたから、選択制度=イエ制度の払拭ではないことも明白です。

7. 家庭崩壊は選択制度と関係ない?

(2004.09.24)

選択的夫婦別姓制度を導入すると家庭崩壊が促進されるといいますが、 夫婦同姓制度の現在でも家庭崩壊が問題となっているのですから、 選択的別姓制度にするかしないかとは関係ないのではないですか?

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これと似たようなことはトップのほうにも少し書きましたが、 制度としての影響という観点から再度取り上げます。

あまり深く考えないでこの質問を読むと「なるほど、そうだ」と思われるかも知れません。

しかしよく考えてみてください。 たとえば「シートベルト着用義務をなくすと交通事故死亡者が増えるといいますが、 着用を義務付けられている現在でも交通事故死亡者はたくさんいるのですから、 着用を義務付けるかどうかとは関係ないのではないですか?」 と言われたらどう思われますか?

あるいは「非喫煙者でも肺がんで亡くなる人がたくさんいるのですから、 喫煙するかどうかは肺がんと関係ないのではないですか?」はどうでしょう?

さらには「ビルから飛び降りなくても死ぬ人がたくさんいるのですから、 ビルから飛び降りるかどうかと死ぬかどうかは関係ないのではないですか?」とか。

どれもおかしいですよね?

これはどういう論理構造になっているのかというと、 「現象Aは、状況Bにおいても起きているので、 状況Bが状況Cに変化すると現象Aが増えるとはいえない」 という論理です。

そしてこれは「状況Bにおいて現象Aが起きている」ということと 「状況Cが現象Aの増加要因となり得るかどうか」ということが直接関連していないため、 論理として間違いなのです。

状況Cが現象Aに対して及ぼす影響は量的な増減の問題ですから、 状況Bにおいても現象Aが見られるかどうかという存否の問題とは別です。

家庭崩壊の話に戻るなら、いま現在おかしい家庭、病んだ家庭、歪んだ家庭、 壊れた家庭が増えてきているのは、無責任な個人主義や中途半端なリベラリズムなどによって さまざまな法律や制度や教育が歪められ、それによってそういった誤った考え方が国家的な 後ろ盾を得てしまうことに原因があります。

つまり現在の日本は、一部の偏った思想の人たちによって誤った方向に舵取りされており、 崩壊に向かって驀進中なのです。

その同じ船に乗っている国民の一人として「そっちの方向に行くと船が沈んでしまう」 という警告をしなければ、というのが私たちの思いです。

選択的別姓制度というのはその途上に見える小さな島に過ぎないかも知れません。

しかしその島の方向を目指すことが、船の座礁を意味しているのだということを訴えているのです。

選択別姓さえ導入しなければすべての家庭がうまくいく、と言っているわけではありません。

他にも家庭崩壊を促進する要素はたくさんありますし、それらすべてに私自身は反対します。

選択別姓はそのいくつかある要素のうちの一つであるということです。

上に挙げた3つの例でも同じですよね。いずれも「その他の要因」は存在しますが、 だからといって問題とされる要因はほうっておいていい、ということにはなりません。