タイトル:「ちょっと待った!夫婦別姓」

選択的夫婦別姓制度の構造解析

(2004.10.14)

夫婦間の氏の問題に関する合意・不合意についての比較

[表1] 夫婦間の氏に関する考え方のバリエーション
(タイプ名) 夫婦間の氏の形態 改姓する人
同姓がよい(U) 別姓がよい(A) どちらでもよい(F) 夫が改姓(h) 妻が改姓(w) どちらでもよい(f)
Uh
Uw
Uf
A - - -
Fh
Fw
Ff
[表2-1] 夫婦の氏に関する考え方の組み合わせバリエーション(現行制度)
Uh Uw Uf
Uh ○h × ○h
Uw × ○w ○w
Uf ○h ○w ○h/w
[表2-2] 夫婦の氏に関する考え方の組み合わせバリエーション(選択的別姓制度)
Uh Uw Uf A Fh Fw Ff
Uh ○Uh × ○Uh × ○Uh × ○Uh
Uw × ○Uw ○Uw × × ○Uw ○Uw
Uf ○Uh ○Uw ○Uh/w × ○Uh ○Uw ○Uh/w
A × × × ○A ○A ○A ○A
Fh ○Uh × ○Uh ○A ○Uh/A ○A ○Uh/A
Fw × ○Uw ○Uf ○A ○A ○Uw/A ○Uw/A
Ff ○Uh ○Uw ○Uh/w ○A ○Uh/A ○Uw/A ○Uh/Uw/A
解説:

まず表1は「個人が夫婦の氏に関してどのような考えを持ち得るか」のバリエーションについて、 すべての組み合わせを示したものです。

それぞれの考えの組み合わせに対してタイプ名として分類の記号を付しています。

本稿ではUnited=同姓,Aparted=別姓,Free=どちらでもよい, husband=夫が改姓,wife=妻が改姓,free=どちらでもよい というように、大文字は「夫婦が同姓か別姓かについて」小文字は「どちらかが改姓するとすればどちらかについて」 を示しています。

それを踏まえて表2-1を見てみると、現行制度においては「互いに相手が改姓したほうがよいと思っている場合」と、 「互いに自分が改姓したほうがよいと思っている場合」に限って合意ができないことがわかります。

全9通りの組み合わせのうち、2通りの組み合わせがこれにあたります。

選択的夫婦別姓を推進する人たちの言い分では 「このように氏の問題で互いに合意できずにやむなく事実婚を選択している人たちがいるので、 そういう人たちの問題を解決するために選択的夫婦別姓が必要である」ということです。

では仮に選択的夫婦別姓制度になったとしたらどうなるのでしょうか? それを示したのが表2-2です。

赤色で表示した部分が「別姓を選択すれば合意できる/合意するには別姓を選択するしかない」ケースです。

すべての組み合わせは49通りで、そのうち「別姓を選択しなくても合意できる組み合わせ」は28通り、 「合意はできない組み合わせ」は12通り、「別姓を選択すれば合意できる組み合わせ」は9通りです。

つまり組み合わせの総数は増えたものの、合意できる割合は下がったということなのです。

また、「夫婦は同姓がよい」と考える人(平成13年内閣府調査では全体の52.9%)、 すなわちUの人

にとっては、対A,対Fの場合の不合意が増加するだけの効果しかありません。

いっぽうそれと比較して、別姓を希望する人すなわちAの人や、 同姓でも別姓でもよいと考えるFの人たちに関しては合意の割合が圧倒的に高いことがわかります。

つまりこれは現行制度における問題の解決としての有効性に疑問があるということなのです。

ここで予期される反論について先回りして反論しておきます。

選択制賛成派の人の中には「現行制度で別姓を希望する人は合意ができないのにそれが表2-1には含まれていない」 という人もいるかも知れません。

しかしよく考えてみてください。いま現在別姓を希望している人は「現行制度で別姓夫婦となることを希望している」のか、 それとも「選択的(あるいは何らかの他の)別姓制度が実現したうえで別姓夫婦となることを希望している」のでしょうか?

こんなことはわざわざ問うまでもなく後者ですよね?

それならば現行制度における氏に対する考え方の組み合わせに別姓希望を含めるのはおかしいわけです。

よくわからない方のためにわかりやすく譬えを使って説明します。

たとえばあなたが友達と韓国に旅行に行くとしましょう。そこでどのような交通手段で行くかを話し合うとします。

そのときに「飛行機で行くか、船で行くか」というのは問題ないと思いますが、もし「歩いていくか、バスで行くか、列車で行くか」 と言い出したら友達は「あなた気は確か?」と心配するのではないでしょうか。

しかしもし対馬海峡に「日韓連絡橋」が造られる計画があるとしたら、「もし橋ができたら徒歩、バス、列車で行きたい」 ということは可能でしょう。

しかし橋ができる前にどのような手段で行くか、 を問うときにそれらの選択肢を含めるのはどう考えてもおかしいわけです。

さて本題に戻って、ここまで見てきたように選択的夫婦別姓制度は、確かに 「夫婦の合意の形の選択肢」を広げる効果はあっても、 「婚姻における氏の扱いについての合意の可能性」を広げるわけではなく、 むしろ合意の形の選択肢が増えたおかげで合意の可能性は相対的に下がってしまうのです。

一部の選択制推進派の人の中には「選択制により、 現在法改正を待って事実婚している人たちが婚姻届を提出することができるようになり、 婚姻率も出生率も上昇して少子化の解決に貢献する」と言っている人たちがいます。

ところがこれはまったく逆で、 現行制度で氏の問題に関する不合意がネックとなって婚姻届を提出しない人たちが存在するのであれば、 選択的夫婦別姓制度になればさらに氏の問題に関して合意できないケースが増えることで、 婚姻率や出生率は低下する可能性のほうが高いと考えられるのです。

確かに最初から(他のこととはまったく関係なく、とにかく)夫婦別姓がよいという考え方の持ち主、 Aの人にとってはプラスになる、メリットのある制度になるでしょう。 しかしそのような人はごく少数しかいません。

その少数の人たちの満足のために、 その他の人たちにとっては婚姻に関する合意が阻害される結果を招くこともあり得るのです。

つまり選択的夫婦別姓制度は「同姓希望者にも別姓希望者にも平等に選択の自由を与える制度」 では決してなく、「別姓がよいという人にのみ都合のよい制度」なのです。

この背景には、選択制推進派の人たちの「同姓は古い劣った意識、別姓は新しい進んだ意識」 という差別的意図があるのではないでしょうか。