タイトル:「ちょっと待った!夫婦別姓」

ニュース評論

非嫡出子「続き柄」、戸籍に訂正跡残さず…法務省方針

(2004.09.21)

法務省は20日、法律上の結婚をしていない両親の子供(非嫡出子)について、 両親らが続き柄の書き換えを申し出た場合、 訂正跡を残さない形で修正する方針を固めた。 政府部内で「一目で出生状況がわかる訂正では意味がない」との意見が出ているためだ。

現行の戸籍では、非嫡出子は「男」「女」と表記されている。同省は10月にも、 非嫡出子の戸籍の続き柄欄に嫡出子と同様、 「長男」「長女」などと記載するよう戸籍法施行規則を改正することにしている。 これに合わせて、全国の法務局などに書き換えの方法を示す通達を送る。

非嫡出子の戸籍上の表記をめぐっては、東京地裁が今年3月、 現行の記載方法はプライバシーの侵害にあたると認定したため、 野沢法相は施行規則を改正する方針を表明した。 人口動態調査によると、2003年に生まれた非嫡出子の割合は1・9%で増加傾向にある。 施行規則改正の背景には、非嫡出子の法的な扱いを嫡出子と同等にすべきだとの考え方の広がりがある。

施行規則が改正されれば、すでに「男」「女」と記載されている非嫡出子でも、記載を訂正することができる。 しかし、両親が「長男」などへの訂正を求めた場合、「男」の部分に朱線が引かれ、 訂正理由も書き込まれるなどの問題点が指摘されていた。

法務省は戸籍法で定めている「戸籍簿の再製」の規定を準用し、申し出があれば、 痕跡が残らない形で書き換えに応じることにした。

「戸籍簿の再製」の要件について、戸籍法は〈1〉虚偽の届け出〈2〉錯誤による届け出 〈3〉市町村長の過誤――による記載の訂正について再製の申し出があった場合に限定している。 今回、法務省は法改正はせず、「プライバシーへの配慮」に関する通達を出すことにした。

非嫡出子の続き柄表記を巡っては、1991年2月に社会保険庁が保険証の表記を「子」に統一、 95年3月には住民票の表記も「子」に統一された。

[Yahoo!Newsより引用, 出典:読売新聞]

このニュースは一見、それほど大きなニュースではないように見えるかも知れません。

また、直接的には夫婦別姓問題とは特に関連がなさそうに見えます。

しかし本当にそうなのでしょうか?

選択的夫婦別姓の導入を推進しているグループや議員は、ほとんど例外なくといっていいほど、 「嫡出子と非嫡出子の別異扱い(彼らは差別と呼んでいます)の撤廃」を主張しています。

関係ないように見えて、これらの問題は実は密接なつながりがあるのです。

なぜかというと、選択的夫婦別姓問題は家庭・家族の形成、つまり婚姻に関する問題であり、 非嫡出子問題もまた婚姻制度に関する問題だからです。

非嫡出子問題については「差別を助長する」という理由で戸籍上の記載の差異を撤廃し、 また相続分を嫡出子と同等にすべき、という主張がされています。

この構図は「女性ばかりが改姓するのは差別である」という理由で 選択的夫婦別姓が主張されるのとよく似ています。

ではそもそもこれらの制度はどういう意図や意味があって作られたものなのでしょうか?

まず婚姻制度ですが、これは次世代の社会人である子供を、適切な環境で健全に育成するため、 その両親がお互いと子供とに責任を負いあい、協力する義務を負うことを確認し、誓約し、 公的に宣言するという意味があります。

では婚姻外の関係で子供が生まれてくる背景には何があるのでしょうか?

一つは法律上婚姻を認められない関係にある男女の間に子供が生まれてくる場合ですね。

たとえば男性18歳未満、女性16歳未満などの場合、一方または両方が第三者と婚姻関係にある場合 (つまり平たく言えば「不倫」)などが考えられます。

それ以外の、たとえば互いに婚姻を望まないけれど子供はもうけてしまったような場合は、 基本的に前述のような婚姻制度の趣旨に反する考え方です。

いずれの場合においても、当事者が互いに協力して子供を養育する義務を負担することが、 公的に宣言されない関係でのことになります。

義務を負担することを誓約できない男女に、その間に生まれた子供に関する権利を、 義務を負担することを誓約した男女と同等に与えよ、というのが「非嫡出子差異撤廃」の主張、 ということになるのです。

もしもこの主張が通ってしまうなら、あえて義務を負担することを誓約する意義は失われてしまいます。

わかりにくいと思われるなら、たとえば「無免許運転の罰則を廃止せよ」と主張したらどうなるかを 考えてみてください。だれもあえてお金と時間を費やしてまで教習所に通おうとは思わなくなるでしょう。 つまり免許制度は形だけ存在していても形骸化してしまう、ということです。

このように説明すると、撤廃賛成派の人からは「子供には罪はない。 たとえ両親が不倫関係など法的に認められない関係であっても、子供にはその責任はないのだから、 子供の権利は同等に認めるべきだ」と反論されます。

しかし本当にそうなのでしょうか?相続権は子供一身のみの権利なのでしょうか?

実はここに重大な落とし穴があるのです。相続権は相続人だけの権利ではないのです。 それは被相続人(遺産を遺した側)の「だれに遺せるか」という権利でもあるのです。

つまり非嫡出子の相続分が嫡出子に比して半額とされているのは「責任を負うつもりもないのに 個人の勝手でもうけた子供に、責任を負うべき子供と同等の遺産を遺す権利は認めない」 という意味があるのです。

しかも、出生時には非嫡出子であっても、その後両親が婚姻すれば嫡出子になれるのです。 もしも子供が不憫であると本気で思うのであれば、法律を改正して非嫡出子の相続分を嫡出子と同等にするのではなく、 自分たちがきちんと婚姻して法律上の正式な夫婦となればよいだけなのです。

そこまで踏まえたうえで、嫡出子と非嫡出子の相続分や戸籍上の表記が異なっていることに、 何か重大な問題があるでしょうか?異なっていてはいけない理由があるでしょうか?

この差異撤廃運動の背景には、どうも法律婚による責任や義務というものをなくしてしまいたい、 という欲求が感じられてなりません。

そんなことは、健全な未来の社会人としての子供たちのことを考えると、到底許されることではありません。

「結婚していようがいまいがどっちでも同じなのよ」という教育を子供にする気なのでしょうか?